ルンビニ(LUMBINI)

釈迦牟尼仏陀は2500年前にネパールの南部にあるルンビニで生まれた。以来、ネパールは仏教徒にとって仏陀の生誕地として聖なる地となった。ルンビニはネパールの南部に広がるタライ平野に位置する小さな町である。今でも、古い町の遺跡が残されている。釈迦牟尼仏陀はある王家に生まれた。母親であるマヤ・デヴィ(Maya Devi)女王は釈迦が生まれる前に夢を見た。それは、天国から九つの牙を持つ白い象が下ってきて自分の体に入る夢だった。子どもの出産が近づいて、彼女はその頃のしきたりに則って実家への帰途についた。しかし、実家につく前、ルンビニの地でゴウタム・シッダルタ(Siddhartha Gautam)を生んだのであった。

ゴウタム王子は、マヤ・デヴィがいちじくの木陰に横たわっていた時に体の右側から生まれてきたという。そして、生まれてすぐに、四方に七歩歩いて、その足が触れた所には、蓮華の花が咲いたという。

この不思議な誕生の後、シッダルタ王子は、両親と共に王宮でこの世の悪や苦しみから縁遠い生活を送っていた。それはある予言者が将来、この王子は偉大な国王になるか、あるいは聖人になるか、そのどちらかであると両親に予言してので、両親が宗教家になる事を恐れて、この世の諸々の問題から遠ざけたためであった。両親は王子に立派な国王になってほしかったのだ。

しかし、王宮でのこの世から切り離された、贅沢な暮らしはシッダルタ王子を満足させるものではなかった。ある日王子はとうとう王宮を抜け出してしまった。王宮の外で王子は、この世の悲しみや、痛み、死とそのような苦しみから人々を解放しようと一生をささげている人たちを見たのであった。その日の食べるものにも事欠く人たちや障害を負った人々、死体そして聖人たちと出会った。王子はそのようなこの世の現実に直面して、深く悩み、何とかこの世の苦しみの根元を突き止め、その苦しみから人々を解放する事は出来ないのか、と考えるようになった。そして、ある夜、王子は宮殿の人たちが眠っている間に王宮を抜け出し、贅沢な王子の衣装を脱ぎ捨て、頭を丸め、苦行僧としての修行の歩みを始めたのであった。

何年にもわたり、彼は断食と瞑想の修行を積み、この世の苦難を解決する道を追い求めたていた。そして、ある満月の夜、北インドのボダガヤ(Bodhgaya)という所で、木の下で瞑想していた彼は、悟り(nirvana)を開いたのであった。これ以来彼は、単なる王子ではなく仏陀(悟りを開いた者)となったのである。

仏陀はその後の生涯を人々に悟りと愛と友情を教える事に捧げた。そしてこの世を去る時には、何万人という弟子たちがその教えに従っていた。84才で仏陀はこの世の生涯を終えたが(悟りを開いた者として仏陀は生と死から自由ではあったが)、この世に生を受けるすべての人間の救いのために自身の一生を捧げ尽くしたのである。

その時以来、ルンビニは世界中の仏教徒の聖地とされている。ルンビニの周囲には、古代のストゥーパや僧院の遺跡が数多く残されている。また、仏陀の生まれた庭園は修復されて多くの参詣者で賑わっている。紀元前250年にアショカ大王によって建てられた石碑には仏陀の誕生についての記録が刻まれている。

ルンビニでもう一つの重要な史跡は、マヤ・デヴィを祭る寺院である。そこには、仏陀が生まれた時に、母親のマヤ・デヴィが木にもたれかかっている姿をあらわす石像がある。子どもがない女性たちが数多くその像を撫でて子どもを授かるようにとお参りするので、現在では大分擦り減ってきているくらいだ。寺院の南には、池があるが、ここで、マヤ・デヴィが生まれたばかりの仏陀に沐浴を使った所といわれている。

仏陀が悟りを開いた場所にあったような菩提樹の木陰、静かな庭園、新しく植えられた木々が醸し出す穏やかな雰囲気は、仏陀の教えを感じさせるものである。近年ルンビニは、聖地としてのルンビニの修復と開発を目的として設立されたNGOであるルンビニ開発トラストによる計画によって、さまざまな開発が行われている。この計画は1978年に世界的に有名な建築家である丹下健三氏によって立案されたもので、仏陀の生誕地を注とした3平方マイルの地域を聖地公園として整備するものである。それによれば、この地域には庭園や池、林の中に建物が配置されている。また、僧院や、アショカ大王の石碑とマヤ・デヴィ寺院を囲む円形の庭園の開発、そしてホテルやレストラン、文化センターなど観光客のための施設を含むルンビニの市街地開発も予定されている。

ルンビニの近郊にあるカピルヴァストゥ(Kapilvastu)は、仏陀が修行の時をすごした地であるが、考古学的にも貴重な遺跡が残されている。現在までに数多くの遺構が発掘されている。また紀元前よりの13層にわたる人々の暮らしの遺跡も発掘されている。古代史や考古学に興味のある方には絶対にはずせない場所である!

ルンビニは宗教的、歴史的に重要なだけでなく、南ネパールの伝統的農村の暮らし、文化を知るためにも重要な町である。特に毎週月曜日に立つ市では、近隣の農村からたくさんの人たちが穀物や、スパイス、陶器、宝石、サリーといった商品を売買するために集まってくる。それはあたかもアラビアン・ナイトの話に出てくるように、マンゴーの木陰に広げられた宝物とたき込められたお香の香りに満ち溢れた光景である。そこでは、珍しいお土産物をバーゲンして買うチャンスが山ほどあるだけでなく、土地の暮らしを知る事が出来る。わらを山積みした牛車がのんびりと行き交い、村人が燃料にするために牛糞を乾かし、茶屋ではおいしいチヤ(ネパール風ミルクティー)が待っている。

長い間忘れられていたルンビニは、近年、ようやく考古学者や観光客の注意を惹くようになってきた。遺跡の修復と保存の働きが始まったのはようやくここ数十年の事である。ルンビニは観光としてだけでなく、歴史的に貴重な地であり、それだけに遺跡の保存が大きな課題となっている。ルンビニへは、飛行機の場合、ロイヤル・ネパール航空などの定期便が最寄りのバイラワ(Bhairahawa)空港まで飛んでいる。また、カトマンズとポカラから定期バスが出ている。

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