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<侵攻について:女子の声>

1月19日〜22日のブラジル地区侵攻を経験した女の子たちが書いた文章を幾つか紹介します。

アイヤ・アル・シャエル(13才)

 夜の10時頃、家族がみんな眠っていた。そして、恐怖で目が覚めた。この日はとてもひどい日、とても暗い日だった。この日に感じた心の痛みを言葉で表現しようとしても、表しきれないと思う。本当に恐かった。ブルドーザーは突然やってきて、二部屋とお手洗いを壊して行った。家族みんな、ブルドーザーの前に立って大声で叫んだけど、ブルドーザーは止まってくれなかった。お父さんはブルドーザーに向って「家具を家から出すために、ちょっとだけ時間をくれないか」と頼んだけど、ブルドーザーは納得してくれなくて、お父さんに向けて発砲した。お父さんは背中と脚を撃たれた。お父さんは幸い、今はなんとか元気にしている。

 今私たちはみんな、結婚して別の家に住んでいるお姉さんのところで泊まらせてもらっている。こんなひどいことが本当に起きただなんて、未だに信じられない。侵攻の話はたくさん新聞に載ったりしているけど、私にとってはなんだか全てが夢だったような気がしてならない。こういう状況に対して、私たち子どもたちは何も出来ない。パレスチナ自治政府も何も出来ないというのに、私たちに何が出来るというの?

 神様、私たちに少しだけの安全を与えてください。




アイヤ・アル・シャエル(13才)

ファーティマ・アル・アイディ(13才)

 今回の侵攻の時、ものすごく恐くて悲しかった。戦車がブラジル地区に侵攻したという話は学校で聞いた。たくさんの家が壊されて、怪我人や死人までも出たって話も聞いた。自分がどうすればいいのか、本当に分からなかった。授業に全然集中出来なくて、これからどうやって家に帰れるのか分からなかった。結局、学校が終わったら家には帰らずに、伯母さんの家に行った。ずっと、家族が全員無事でありますように、と神様に祈り続けた。
 夜になると、お父さんが私を迎えに来てくれた。お父さんに家族の無事を確認した。すると、隣近所に住んでいるビラールが兵士に頭を撃たれた、とお父さんが話してくれた。私は信じられなかった。
 例え、私たちが兵士に囲まれて、食べ物もすべて失ってしまったとしても、私たちは彼らに立ち向かってパレスチナを守っていく。ビラールが早く元気になるといいな。




ファーティマ・アル・アイディ(13才)


ワラッ・ゲシタ (13才)

 侵攻一日目、イスラエル軍は何の前振りもなく、たくさんの家を破壊していった。ブルドーザーが私たちの家を壊し始めた時、隣の家の人が大声で、私たちに逃げるように叫んでくれた。外はものすごく寒くて、妹達は泣いて、私たちは家がどうなってしまうのか心配だった。イスラエル軍は私たちに向けて発砲してきた。私たちは家具を何点か持って、白い布を頭の上に揚げて家から出ていった。侵攻二日目、兵士が近くの高いビルを占領して、狙撃兵のための穴を壁に開けていた。私たちは家に戻れなかった。




ワラッ・ゲシタ (13才)

ハニーン・ゲシタ(13才)

 イスラエル軍が侵攻してきた。銃撃がすごくて、ブルドーザーが国境線沿いにあった私たちの古い家を壊し始めた。お父さんは泣いていた。この家はお父さんが育った家で、建てるのにすごくたくさんのお金が必要だったからだと思う。私たちが今住んでいる家の裏に戦車が止まっていたから、私たちは恐くて眠れなかった。私たちは家具を少し持ち出して家から出ていった。そして、おばあちゃんの家で避難した。3日間、学校に行けなかった。お父さんとお母さんが泣いているのを見ると、私はとても悲しい。




ハニーン・ゲシタ(13才)



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